2006年04月03日
富盛の石彫大獅子 2006/2/6
4月3日は「シーサーの日」ということなので、識名園の記事は次回にまわして、先に富盛の石彫大獅子の記事をアップすることにします(じつはちょっと書き溜めてある)。
ひめゆりの塔に行こうとして、国道507号線をずーっと南下していたのですが、途中で「石彫大獅子」の案内板を発見。
ちょっと寄り道しました。
まあ、お約束でちょっと道を間違えたりはしましたが、無事に到着。

入口

ここはグスク(勢理城)だったんですね。
知らなかった。

いた!
この瞬間が一番嬉しい(^^)
でも話には聞いていましたが、弾痕が生々しいですね。

素朴な獅子です。
ドラえもんの手みたいな丸い前足が何とも言えません。
現在さまざまな場所で造られているシーサーが、ガンダムやエヴァンゲリオンのシリーズだとすると、この獅子像には鉄人28号を思わせるシンプルな造形美があります。
(↑もう少しまともな例えを思いつかんのか)
この大獅子が村落獅子の始まりであるとされていることは周知のとおり。
僕はちょっと勘違いしていたのですが、沖縄の獅子の始まりがこの獅子というわけではないんですね。
考えてみれば、首里城にも玉陵にも浦添ようどれにも獅子像がありますしね。
村落の守りとして置かれた獅子像の始まりがこの石彫大獅子、ということでした。
この石獅子の由来も、割とよく知られていると思います。
1689年、富盛村でたびたび火災が起こったので、村民が久米村の蔡応瑞(さい・おうずい)に風水を見てもらったところ、八重瀬岳が「火山」になっているので、そちらに向けて獅子を造るよう指示されたと。
こちらのHPがわかりやすいです→沖縄シーサー紀行

視線の先に八重瀬岳?
姓を見ればわかるとおり、この蔡応瑞という人は蔡温の親戚にあたります。
蔡温は『自叙伝』で、少年時代に従弟である高良家の蒲戸(蔡文河)に学問を教えてもらったと書いていますが、この高良家の蒲戸の父親が蔡応瑞です。蔡氏の本家はこちらだったようです。
ただ、蔡温の父である蔡鐸は、同じ久米村の梁氏からの養子なので、血のつながりがどれだけあるかはちょっとわかりません。縁戚関係を調べてみたら、えらく複雑で・・・・・・。
蔡応瑞は28歳で渡清して地理(風水)を学んでいます。蔡温は27歳(どちらも数え年)で同じく地理を学ぶため渡清しているので、ちょっと似たところがあります。
おそらく蔡温は渡清する前に、蔡応瑞からある程度の風水の知識は学んでいたのではないかと思います。
蔡応瑞は琉球における風水の第一人者と見なされていたらしく、護佐丸の墓を現在の場所に移築する時にも、彼が風水を見たと言われています(家譜にも『球陽』にもその記録がないので、伝説?)。
ちょっとわからないのは、『蔡氏家譜』(儀間家)を見てみると、この石彫大獅子が造られた1689(康熙28)年をまたぐ足掛け3年の間、蔡応瑞は清国に滞在中だったように書かれているんですね。
ちなみに家譜には石彫大獅子に関する記録はありません。
反面、『球陽』の1689年にあたる尚貞王21年の記事には、石彫大獅子が造られた経緯が、蔡応瑞の名前とともにしっかり記されています。
これは渡清前に風水だけを見て、大獅子が完成したのは渡清後だったと考えるべきなのでしょうか。
蔡応瑞の清国への出発が1688年の3月ですから、大獅子の完成までに最低でも10ヶ月近くかかったことになりますが・・・・・・火事で困っていたのに、そんなに呑気に造ったのかな?
(後日訂正:蔡応瑞の出発は1688年11月でした。3月は進貢使節の一員に任命された月。通りすがりさんよりのご指摘)
あるいは家譜と『球陽』のどちらかが間違っているのか。
それとも、僕の漢文読解力に問題があるのか。

真実を知るはずの獅子は、何も語ってはくれません(←これが言いたかっただけかも――って、前にもどこかで書いたな)。
ところでこの大獅子、沖縄戦で米兵がこの陰に隠れて弾除けにしている写真がありますね。
あれを見た時は、かなり衝撃でした。よくぞ壊されずに残ったと思います。
次回は時系列に戻って、識名園の記事ですm(_ _)m
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ひめゆりの塔に行こうとして、国道507号線をずーっと南下していたのですが、途中で「石彫大獅子」の案内板を発見。
ちょっと寄り道しました。
まあ、お約束でちょっと道を間違えたりはしましたが、無事に到着。

入口

ここはグスク(勢理城)だったんですね。
知らなかった。

いた!
この瞬間が一番嬉しい(^^)
でも話には聞いていましたが、弾痕が生々しいですね。

素朴な獅子です。
ドラえもんの手みたいな丸い前足が何とも言えません。
現在さまざまな場所で造られているシーサーが、ガンダムやエヴァンゲリオンのシリーズだとすると、この獅子像には鉄人28号を思わせるシンプルな造形美があります。
(↑もう少しまともな例えを思いつかんのか)
この大獅子が村落獅子の始まりであるとされていることは周知のとおり。
僕はちょっと勘違いしていたのですが、沖縄の獅子の始まりがこの獅子というわけではないんですね。
考えてみれば、首里城にも玉陵にも浦添ようどれにも獅子像がありますしね。
村落の守りとして置かれた獅子像の始まりがこの石彫大獅子、ということでした。
この石獅子の由来も、割とよく知られていると思います。
1689年、富盛村でたびたび火災が起こったので、村民が久米村の蔡応瑞(さい・おうずい)に風水を見てもらったところ、八重瀬岳が「火山」になっているので、そちらに向けて獅子を造るよう指示されたと。
こちらのHPがわかりやすいです→沖縄シーサー紀行

視線の先に八重瀬岳?
姓を見ればわかるとおり、この蔡応瑞という人は蔡温の親戚にあたります。
蔡温は『自叙伝』で、少年時代に従弟である高良家の蒲戸(蔡文河)に学問を教えてもらったと書いていますが、この高良家の蒲戸の父親が蔡応瑞です。蔡氏の本家はこちらだったようです。
ただ、蔡温の父である蔡鐸は、同じ久米村の梁氏からの養子なので、血のつながりがどれだけあるかはちょっとわかりません。縁戚関係を調べてみたら、えらく複雑で・・・・・・。
蔡応瑞は28歳で渡清して地理(風水)を学んでいます。蔡温は27歳(どちらも数え年)で同じく地理を学ぶため渡清しているので、ちょっと似たところがあります。
おそらく蔡温は渡清する前に、蔡応瑞からある程度の風水の知識は学んでいたのではないかと思います。
蔡応瑞は琉球における風水の第一人者と見なされていたらしく、護佐丸の墓を現在の場所に移築する時にも、彼が風水を見たと言われています(家譜にも『球陽』にもその記録がないので、伝説?)。
ちょっとわからないのは、『蔡氏家譜』(儀間家)を見てみると、この石彫大獅子が造られた1689(康熙28)年をまたぐ足掛け3年の間、蔡応瑞は清国に滞在中だったように書かれているんですね。
ちなみに家譜には石彫大獅子に関する記録はありません。
反面、『球陽』の1689年にあたる尚貞王21年の記事には、石彫大獅子が造られた経緯が、蔡応瑞の名前とともにしっかり記されています。
これは渡清前に風水だけを見て、大獅子が完成したのは渡清後だったと考えるべきなのでしょうか。
蔡応瑞の清国への出発が1688年の3月ですから、大獅子の完成までに最低でも10ヶ月近くかかったことになりますが・・・・・・火事で困っていたのに、そんなに呑気に造ったのかな?
(後日訂正:蔡応瑞の出発は1688年11月でした。3月は進貢使節の一員に任命された月。通りすがりさんよりのご指摘)
あるいは家譜と『球陽』のどちらかが間違っているのか。
それとも、僕の漢文読解力に問題があるのか。

真実を知るはずの獅子は、何も語ってはくれません(←これが言いたかっただけかも――って、前にもどこかで書いたな)。
ところでこの大獅子、沖縄戦で米兵がこの陰に隠れて弾除けにしている写真がありますね。
あれを見た時は、かなり衝撃でした。よくぞ壊されずに残ったと思います。
次回は時系列に戻って、識名園の記事ですm(_ _)m
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この記事へのコメント
グスク、だったのですね。ぼくも最初行った時にはまったく意識しませんでしたけれど。
ドラえもんの手、鉄人28号、いやじつによくわかります^^
それから、弾除けの写真、何度見てもショッキングです。
写真から得るショックが一番大きいという想像力のなさを情けないと思いつつ。
寄り道していただいて、幸いでした!
ドラえもんの手、鉄人28号、いやじつによくわかります^^
それから、弾除けの写真、何度見てもショッキングです。
写真から得るショックが一番大きいという想像力のなさを情けないと思いつつ。
寄り道していただいて、幸いでした!
Posted by びん at 2006年04月04日 00:35
こんにちは
びんさんところからお邪魔します。
この石獅子、見たことあるような???と思ったら
そういやハイキングコースにはいってました。^^
石獅子の設置にはその前後にここまでの開拓やら
‘良い日取りの設定’やら祭りなどの設定もあったでしょうから
時間かかったんでしょうねぇ。
びんさんところからお邪魔します。
この石獅子、見たことあるような???と思ったら
そういやハイキングコースにはいってました。^^
石獅子の設置にはその前後にここまでの開拓やら
‘良い日取りの設定’やら祭りなどの設定もあったでしょうから
時間かかったんでしょうねぇ。
Posted by pyo at 2006年04月04日 10:44
こんにちは、たまたまヒットしたので読ませていただきました。
気が付いたことがあるので書込を
>蔡応瑞の清国への出発が1688年の3月ですから
これ、出発は11月ではないでしょうか。
(3月はその役に任命されたという記事)
気が付いたことがあるので書込を
>蔡応瑞の清国への出発が1688年の3月ですから
これ、出発は11月ではないでしょうか。
(3月はその役に任命されたという記事)
Posted by 通りすがり at 2006年04月05日 09:50
>びんさん
あちこちで小さなグスクを見たような気がするので、「ここもグスクなのか~」という感じでした。
そういえば拝所もあったような?
ドラえもんと鉄人、わかっていただけますか(笑)
弾除けの写真、獅子像が毅然と前を向いている(姿勢が変わるわけないので当たり前ですが)ので、よけいに胸が痛みます。
寄り道してよかったです(^^)
あちこちで小さなグスクを見たような気がするので、「ここもグスクなのか~」という感じでした。
そういえば拝所もあったような?
ドラえもんと鉄人、わかっていただけますか(笑)
弾除けの写真、獅子像が毅然と前を向いている(姿勢が変わるわけないので当たり前ですが)ので、よけいに胸が痛みます。
寄り道してよかったです(^^)
Posted by 茶太郎 at 2006年04月05日 21:40
>pyoさん
ハイキングコース!(羨ましい・・・・・・)
結構きつい坂道が多い場所だった記憶がありますが、足腰が鍛えられそうですね。
なるほど、日取りの設定などの事情は失念していました。
これはかなり有り得そうですね。
こちらからもトラ――ではなくTバック送らせていただきます。
学生生活から離れると、先生に宿題を出されるのって嬉しいもんですね(^^)
ハイキングコース!(羨ましい・・・・・・)
結構きつい坂道が多い場所だった記憶がありますが、足腰が鍛えられそうですね。
なるほど、日取りの設定などの事情は失念していました。
これはかなり有り得そうですね。
こちらからもトラ――ではなくTバック送らせていただきます。
学生生活から離れると、先生に宿題を出されるのって嬉しいもんですね(^^)
Posted by 茶太郎 at 2006年04月05日 21:41
>通りすがりさん
確認してみました。
本当ですね、任命が3月で出発は11月でした。
本文にも訂正を入れておきます。
ご指摘ありがとうございました。
確認してみました。
本当ですね、任命が3月で出発は11月でした。
本文にも訂正を入れておきます。
ご指摘ありがとうございました。
Posted by 茶太郎 at 2006年04月05日 21:42
こんばんは☆はじめまして
うわ~、勉強になります!すごいですね(^^)自分はこんなに調べられないっす(^^;)ただシーサーを撮ってアップしてるだけなんで。
コメントありがとうございます☆
シーサー50頭目のときから覗いてくださってありがとうございます!最近は忙しくてなかなか更新できませんが、それでもシーサーを撮り続けていきますんでよろしくおねがいします♪
うわ~、勉強になります!すごいですね(^^)自分はこんなに調べられないっす(^^;)ただシーサーを撮ってアップしてるだけなんで。
コメントありがとうございます☆
シーサー50頭目のときから覗いてくださってありがとうございます!最近は忙しくてなかなか更新できませんが、それでもシーサーを撮り続けていきますんでよろしくおねがいします♪
Posted by しと at 2006年07月04日 21:55
>しとさん
コメントありがとうございます(^^)
面白そうなものを見たら由来を調べたくなるのは僕の病気みたいなものなので、たいしたことないですよ~。
しとさんのひたすらシーサーを撮り続けるという行為には、何かとても尊いものを感じます。
これからも無理せず続けていかれるよう願っています(^^)
(二重投稿になっていた分は一応削除しておきました^^;)
コメントありがとうございます(^^)
面白そうなものを見たら由来を調べたくなるのは僕の病気みたいなものなので、たいしたことないですよ~。
しとさんのひたすらシーサーを撮り続けるという行為には、何かとても尊いものを感じます。
これからも無理せず続けていかれるよう願っています(^^)
(二重投稿になっていた分は一応削除しておきました^^;)
Posted by 茶太郎 at 2006年07月06日 22:15
宮城喜久蔵さんの 『魂込めと魂呼ばひ ― 「ヤマト・琉球」比較文化論 ― 』、早々に読んでみたいと思います。多謝!
Posted by びん at 2006年08月06日 09:56
>びんさん
どういたしまして(^^)
逆立ち獅子については少ししか触れられていませんが、面白い本ですよ。
どういたしまして(^^)
逆立ち獅子については少ししか触れられていませんが、面白い本ですよ。
Posted by 茶太郎 at 2006年08月06日 22:25
近日中に入手できる予定です。
楽しみです。
楽しみです。
Posted by びん at 2006年08月07日 04:34
びんさんのレポート楽しみにしてますよ~(^^)
Posted by 茶太郎 at 2006年08月07日 21:02





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