2006年03月30日
浦添グスク跡・浦添ようどれ・伊波普猷の墓 2006/2/5
安謝の次は浦添グスクに行きました。
首里に王都が移される以前、「三山時代」の中山王の本拠地。
こういう例えが正しいかどうかわかりませんが、日本で言えば京都に対する奈良の都みたいなものでしょうか。
沖縄戦の激戦地になった場所でもあります。
最初に「ようどれ館」を訪れました。
浦添ようどれの英祖王の墓室が実物大で復元されていて、石棺の中の遺骨まで再現されています。
遺骨のレプリカがあまりにリアルなので、僕は大真面目に、「あの骨、本物なんですか?(@ @;)」と館員に訊いてしまいました。
返答は、「今の技術はすごいですよ~」でした。
で、実際に浦添ようどれを見に行こうとしたのですが、工事中で途中までしか入れず。

浦添ようどれ(英祖王と尚寧王一族の墓所)
↑工事中のフェンスにデジカメを押し付けて撮影
どうでもいい話ですが、ヨウドレって何となくおいしそうな名前だと思うのは僕だけでしょうか(こんなことを考えていたから罰が当たって入れなかったのかも知れません)。
仕方ないので引き返しました。
それにしても、王墓の真正面に普天間飛行場が見えるというのは、心ないというか、えげつないというか・・・・・・

薩摩に国土を蹂躙され、江戸まで連行されるという悲嘆と屈辱を味わった尚寧王、せめて死後は安らかであってほしいと思います。
浦添グスクに伊波普猷のお墓があるということは、この時初めて知りました。
沖縄の歴史に関心を持つ者としては、お墓参りをしないわけにはいきません。

お墓には木漏れ日がよく似合う

伊波普猷の墓
ヒンプンみたいなものがあるんですね。
傍らには顕彰碑がありました。

「顕彰碑 おもろと沖縄学の父 伊波普猷」
よく見ると、伊波の友人でもあった歴史家の東恩納寛惇の有名な言葉が刻まれています。
大分磨耗しているので、あるとわかっていて探さなければ気づかないかも知れません。

彼ほど沖縄を識(し)った人はいない
彼ほど沖縄を愛した人はいない
彼ほど沖縄を憂えた人はいない
彼は識ったが為に愛し 愛したために憂えた
彼は学者であり愛郷者であり予言者でもあった
後半部分はほとんど読み取れませんでしたが、こう刻まれているはずです。
そして石碑の裏を見てみて、「え?」と思うことがありました。

写真ではわかりづらいかと思いますが、やけに引っかき傷が多いような・・・・・・

何でしょうね、この傷は。
周囲の木の枝が触れたとか、動物が引っ掻いたとかであれば良いのですが。
背面にも文字が刻まれていたのかも知れませんが、あったとしても磨耗してまったくわからなくなっていました。

浦添グスクの城壁
親切に看板が立てられています。
そういえば、ここは世界遺産に登録されてないんですよね。
保存状態が悪いためでしょうか。
登録・・・・・・されなくてよかったような気もしますけどね。
旅行を通した正直な感想として、世界遺産に登録されている場所は、整備されすぎていて、あまり「霊気」みたいなものが感じられませんでしたから。
僕は全然、霊感ないんですけどね(説得力ないな~)。

帰りに浦添運動公園の前を通りかかりました。
スワローズがキャンプしていたんですね。
もうずいぶん昔のような気がするなあ・・・・・・。
これで4日目は終わりました。
この日の夜に那覇のネットカフェで書いた日記がこちら。
じつはネットカフェに入るのはこの時が初めてだったのですが、思ったより綺麗だし、落ち着くし、なかなかいいもんですね(^^)
5日目は金城町石畳道、識名園、そして南部をすこし廻りました。
それはまた次回以降m(_ _)m
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首里に王都が移される以前、「三山時代」の中山王の本拠地。
こういう例えが正しいかどうかわかりませんが、日本で言えば京都に対する奈良の都みたいなものでしょうか。
沖縄戦の激戦地になった場所でもあります。
最初に「ようどれ館」を訪れました。
浦添ようどれの英祖王の墓室が実物大で復元されていて、石棺の中の遺骨まで再現されています。
遺骨のレプリカがあまりにリアルなので、僕は大真面目に、「あの骨、本物なんですか?(@ @;)」と館員に訊いてしまいました。
返答は、「今の技術はすごいですよ~」でした。
で、実際に浦添ようどれを見に行こうとしたのですが、工事中で途中までしか入れず。

浦添ようどれ(英祖王と尚寧王一族の墓所)
↑工事中のフェンスにデジカメを押し付けて撮影
どうでもいい話ですが、ヨウドレって何となくおいしそうな名前だと思うのは僕だけでしょうか(こんなことを考えていたから罰が当たって入れなかったのかも知れません)。
仕方ないので引き返しました。
それにしても、王墓の真正面に普天間飛行場が見えるというのは、心ないというか、えげつないというか・・・・・・

薩摩に国土を蹂躙され、江戸まで連行されるという悲嘆と屈辱を味わった尚寧王、せめて死後は安らかであってほしいと思います。
浦添グスクに伊波普猷のお墓があるということは、この時初めて知りました。
沖縄の歴史に関心を持つ者としては、お墓参りをしないわけにはいきません。

お墓には木漏れ日がよく似合う

伊波普猷の墓
ヒンプンみたいなものがあるんですね。
傍らには顕彰碑がありました。

「顕彰碑 おもろと沖縄学の父 伊波普猷」
よく見ると、伊波の友人でもあった歴史家の東恩納寛惇の有名な言葉が刻まれています。
大分磨耗しているので、あるとわかっていて探さなければ気づかないかも知れません。

彼ほど沖縄を識(し)った人はいない
彼ほど沖縄を愛した人はいない
彼ほど沖縄を憂えた人はいない
彼は識ったが為に愛し 愛したために憂えた
彼は学者であり愛郷者であり予言者でもあった
後半部分はほとんど読み取れませんでしたが、こう刻まれているはずです。
そして石碑の裏を見てみて、「え?」と思うことがありました。

写真ではわかりづらいかと思いますが、やけに引っかき傷が多いような・・・・・・

何でしょうね、この傷は。
周囲の木の枝が触れたとか、動物が引っ掻いたとかであれば良いのですが。
背面にも文字が刻まれていたのかも知れませんが、あったとしても磨耗してまったくわからなくなっていました。

浦添グスクの城壁
親切に看板が立てられています。
そういえば、ここは世界遺産に登録されてないんですよね。
保存状態が悪いためでしょうか。
登録・・・・・・されなくてよかったような気もしますけどね。
旅行を通した正直な感想として、世界遺産に登録されている場所は、整備されすぎていて、あまり「霊気」みたいなものが感じられませんでしたから。
僕は全然、霊感ないんですけどね(説得力ないな~)。

帰りに浦添運動公園の前を通りかかりました。
スワローズがキャンプしていたんですね。
もうずいぶん昔のような気がするなあ・・・・・・。
これで4日目は終わりました。
この日の夜に那覇のネットカフェで書いた日記がこちら。
じつはネットカフェに入るのはこの時が初めてだったのですが、思ったより綺麗だし、落ち着くし、なかなかいいもんですね(^^)
5日目は金城町石畳道、識名園、そして南部をすこし廻りました。
それはまた次回以降m(_ _)m
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この記事へのコメント
浦添グスク、今回事情があって行けませんでしたので、茶太郎さんの記事と写真で渇を癒しています。
世界遺産に関しては同感です。過剰な整備費のいくらかでも、保存のために回してほしいというのが実感です。
ヒンプンのある墓は、めずらしいですよね。写真で見たところ、当初からのもののように見えますが・・・
ネットカフェ、競争原理がはたらくようになって、ずいぶんキレイになりました。
世界遺産に関しては同感です。過剰な整備費のいくらかでも、保存のために回してほしいというのが実感です。
ヒンプンのある墓は、めずらしいですよね。写真で見たところ、当初からのもののように見えますが・・・
ネットカフェ、競争原理がはたらくようになって、ずいぶんキレイになりました。
Posted by びん at 2006年03月31日 05:02
☆pacific-18です。
ありがとうございます。歴史のお勉強になります。
学校では沖縄の歴史や文化はなかなか教えてくれないですよね。。。学校の授業よりおもしろいですよ。
浦添城跡は10年程前職場が近くでちょこちょこ散歩に行きましたよ。
ぜんぜん整備されていない頃ですが。。。
先の沖縄戦でこの辺一帯は日本軍の要塞で一番の激戦地だったそうで王様の墓や城跡もかなり破壊されたのでしょう。。。最近は綺麗に整備しているのですね。。。機会を見つけて「沖縄歴史自転車散歩」でもしてみようかな。。。また遊びに来ます。
ありがとうございます。歴史のお勉強になります。
学校では沖縄の歴史や文化はなかなか教えてくれないですよね。。。学校の授業よりおもしろいですよ。
浦添城跡は10年程前職場が近くでちょこちょこ散歩に行きましたよ。
ぜんぜん整備されていない頃ですが。。。
先の沖縄戦でこの辺一帯は日本軍の要塞で一番の激戦地だったそうで王様の墓や城跡もかなり破壊されたのでしょう。。。最近は綺麗に整備しているのですね。。。機会を見つけて「沖縄歴史自転車散歩」でもしてみようかな。。。また遊びに来ます。
Posted by pacific-18 at 2006年03月31日 11:23
実は大叔父が嘉数で死んでるので浦添あたりはかなり「ふるさと」のような気がします(笑)。ヒンブンがあるというのはやはり死後の世界から幽霊が出てこないようにということで作られたものなんでしょうね・・・。
ついでに、「ようどれ」ということばは「おもろさうし」に出てきます。「夕凪」の意味です。たぶん、識名盛明の「混効験集」にもそのようなことが書いてあるかと思われます。
ついでに、「ようどれ」ということばは「おもろさうし」に出てきます。「夕凪」の意味です。たぶん、識名盛明の「混効験集」にもそのようなことが書いてあるかと思われます。
Posted by yoshi at 2006年03月31日 21:18
>びんさん
不十分な記事ですが、少しでもお役に立てたなら幸いです。
世界遺産に指定された場所では、「こんなに整備していいのかな?」という思いがずっと頭の中にありました。びんさんの斎場御嶽の記事にもコメントしようと思ったのですが、考えがまとまらないまま機を逸しました(笑)
ただ、浦添グスクは首里城みたいに復元する計画があるみたいですね。
http://www.okinawatimes.co.jp/spe/kaizu20020514.html
ヒンプンのある墓は僕も初めて見たのですが、こんなのを見つけました。
http://www.vill.kunigami.okinawa.jp/bunka/bunka_25.html
しかしネットカフェにまで反応していただけるとは、びんさん引き出しが多いですな・・・(・・;)
不十分な記事ですが、少しでもお役に立てたなら幸いです。
世界遺産に指定された場所では、「こんなに整備していいのかな?」という思いがずっと頭の中にありました。びんさんの斎場御嶽の記事にもコメントしようと思ったのですが、考えがまとまらないまま機を逸しました(笑)
ただ、浦添グスクは首里城みたいに復元する計画があるみたいですね。
http://www.okinawatimes.co.jp/spe/kaizu20020514.html
ヒンプンのある墓は僕も初めて見たのですが、こんなのを見つけました。
http://www.vill.kunigami.okinawa.jp/bunka/bunka_25.html
しかしネットカフェにまで反応していただけるとは、びんさん引き出しが多いですな・・・(・・;)
Posted by 茶太郎 at 2006年04月01日 12:34
>☆pacific-18さん
ご訪問ありがとうございます(^^)
10年前にはまだここは整備されてなかったんですか。たぶん復元計画の一環で整備を始めてるんでしょうね。
でも全然整備されてない浦添城跡、さすがにちょっと怖そう・・・。
ここは沖縄戦でかなり破壊されてしまったようで、石垣もあまり残ってないですよね。
浦添ようどれがあれだけ見事に復元できているのは、すごいことだと思います。
☆pacific-18さんのブログ、拝見しました。とても面白かったので、今後も読ませていただきます。
「沖縄歴史自転車散歩」も、是非(^^)
ご訪問ありがとうございます(^^)
10年前にはまだここは整備されてなかったんですか。たぶん復元計画の一環で整備を始めてるんでしょうね。
でも全然整備されてない浦添城跡、さすがにちょっと怖そう・・・。
ここは沖縄戦でかなり破壊されてしまったようで、石垣もあまり残ってないですよね。
浦添ようどれがあれだけ見事に復元できているのは、すごいことだと思います。
☆pacific-18さんのブログ、拝見しました。とても面白かったので、今後も読ませていただきます。
「沖縄歴史自転車散歩」も、是非(^^)
Posted by 茶太郎 at 2006年04月01日 12:35
>yoshiさん
大叔父様は沖縄戦で亡くなられたのですか。嘉数高地の戦闘でしょうか。
ヒンプンは外から墓の中に悪い気が入るのを防ぐためだと思っていましたが、なるほど、逆の考え方もできるんですね。
「ようどれ」、いや、意味は一応知ってます(笑)
語感がヨード卵とかヨウカンに似てる気がして、和菓子系を連想させるんですよ(しません?)。
大叔父様は沖縄戦で亡くなられたのですか。嘉数高地の戦闘でしょうか。
ヒンプンは外から墓の中に悪い気が入るのを防ぐためだと思っていましたが、なるほど、逆の考え方もできるんですね。
「ようどれ」、いや、意味は一応知ってます(笑)
語感がヨード卵とかヨウカンに似てる気がして、和菓子系を連想させるんですよ(しません?)。
Posted by 茶太郎 at 2006年04月01日 12:36
最近、世界遺産に登録された物はやっぱりきれいだな~と思いました
Posted by プーさん at 2007年07月30日 21:31
>プーさん さん
世界遺産に登録された場所をすべて見たわけではありませんが、個人的には、きれいになりすぎて逆に歴史を肌で感じにくくなったような気がしました。
たとえとしてどうかと思いますが、老舗の古本屋がブックオフになってしまったような感覚かも知れません。
もちろん、アプローチしやすくなったことで琉球史への間口が広がるというプラス面も理解しているつもりです。
世界遺産に登録された場所をすべて見たわけではありませんが、個人的には、きれいになりすぎて逆に歴史を肌で感じにくくなったような気がしました。
たとえとしてどうかと思いますが、老舗の古本屋がブックオフになってしまったような感覚かも知れません。
もちろん、アプローチしやすくなったことで琉球史への間口が広がるというプラス面も理解しているつもりです。
Posted by 茶太郎
at 2007年09月29日 07:52
at 2007年09月29日 07:52




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