2005年09月18日
『自叙伝』を現代語訳します
蔡温の著作『自叙伝』を次の記事から現代語訳していきます。
以前に書いた蔡温の略伝とかなりカブる部分があるので、もっと時間を置いてからにしようかとも思ったのですが、意欲のあるうちにやってしまった方がいいと考え直しました。
次の記事と同じぐらいの分量で、およそ10回に分けて掲載する予定です。
ただ、ずっとそれだけやっていると疲れるので、他の記事も挟みながらになるでしょう。『自叙伝』のカテゴリを作ったので、後からまとめて見ることもできます。
基本的にはなるべく直訳に近づけるつもりなのですが、完全に直訳だと読みづらかったり意味が通じにくかったりする箇所もあるので、そういう所は適当に加筆・修正しています。
訳のプロセスとしては、最初にほぼ直訳してから、それを読みやすく校正していくような形です。校正段階でどれだけ手を加えるかが判断のしどころなんですが、おそらく段々開き直って読みやすさ重視になるでしょう(^^;)
それにしても、読むのは比較的簡単ですが、訳すのは予想していたより難しいです。
特に戸惑うのが敬語の使い方です。
封建的な考え方の強い時代ですから、敬語は厳密だったと思います。専門的な(基本的な?)知識があればどうということはないのかも知れませんが、素人の僕には難しいところがいくつかありました。
例えば基本的なところで、「申す」という言葉は現代では謙譲語として使われますが、昔は違ったのでしょうか。そういえば、よく時代劇で「何を申されるか!」という言い方をしますが、現代では間違った敬語になりますよね。
結局、「申す」は「言う」に、「被申(申される)」は「おっしゃる」に、「申し上げる」はそのまま「申し上げる」に、それぞれ統一することにしました。間違っていたら、ぜひ指摘してもらいたいと思います。
さて、以前にも書きましたが、蔡温は沖縄で初めて自叙伝を書いた政治家です。
改めて読んでみると、驚くほど真に迫った描写があったり、要所要所に見せ場を作っていたりと、明らかに「読者の目」を意識した書き方がされています。素朴な疑問として、何の目的で、誰に読ませるつもりでこれを書いたのか、今更ながらに考えてしまいます。
蔡温は後世の政治家・役人への教訓書も多く遺していますから、『自叙伝』も同じ性格のものと考えていいのかも知れません。
とはいっても、『自叙伝』には特に教訓話はありません。それらしいのは「湖広の隠者」の別れの言葉ぐらいでしょう。蔡温にしてみれば、「オレの人生そのものが教訓だ!」ぐらいの自信があったのかも知れませんね(^^)
さらにうがった見方をすれば、後世になってから自分が変に神格化されたりすることのないよう、あえて情けない部分も含めて「人間・蔡温」の姿を書き記したのではないか。そんな気もします。
専門家がやってくれていれば済むことなのに、何で素人の僕が……という多少の不満はありますが、誰に頼まれたわけでもないし、好きでやっていることなので仕方ありません。実際、面白い作業ですしね。
それでは次から、蔡温『自叙伝』の現代語訳です。
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以前に書いた蔡温の略伝とかなりカブる部分があるので、もっと時間を置いてからにしようかとも思ったのですが、意欲のあるうちにやってしまった方がいいと考え直しました。
次の記事と同じぐらいの分量で、およそ10回に分けて掲載する予定です。
ただ、ずっとそれだけやっていると疲れるので、他の記事も挟みながらになるでしょう。『自叙伝』のカテゴリを作ったので、後からまとめて見ることもできます。
基本的にはなるべく直訳に近づけるつもりなのですが、完全に直訳だと読みづらかったり意味が通じにくかったりする箇所もあるので、そういう所は適当に加筆・修正しています。
訳のプロセスとしては、最初にほぼ直訳してから、それを読みやすく校正していくような形です。校正段階でどれだけ手を加えるかが判断のしどころなんですが、おそらく段々開き直って読みやすさ重視になるでしょう(^^;)
それにしても、読むのは比較的簡単ですが、訳すのは予想していたより難しいです。
特に戸惑うのが敬語の使い方です。
封建的な考え方の強い時代ですから、敬語は厳密だったと思います。専門的な(基本的な?)知識があればどうということはないのかも知れませんが、素人の僕には難しいところがいくつかありました。
例えば基本的なところで、「申す」という言葉は現代では謙譲語として使われますが、昔は違ったのでしょうか。そういえば、よく時代劇で「何を申されるか!」という言い方をしますが、現代では間違った敬語になりますよね。
結局、「申す」は「言う」に、「被申(申される)」は「おっしゃる」に、「申し上げる」はそのまま「申し上げる」に、それぞれ統一することにしました。間違っていたら、ぜひ指摘してもらいたいと思います。
さて、以前にも書きましたが、蔡温は沖縄で初めて自叙伝を書いた政治家です。
改めて読んでみると、驚くほど真に迫った描写があったり、要所要所に見せ場を作っていたりと、明らかに「読者の目」を意識した書き方がされています。素朴な疑問として、何の目的で、誰に読ませるつもりでこれを書いたのか、今更ながらに考えてしまいます。
蔡温は後世の政治家・役人への教訓書も多く遺していますから、『自叙伝』も同じ性格のものと考えていいのかも知れません。
とはいっても、『自叙伝』には特に教訓話はありません。それらしいのは「湖広の隠者」の別れの言葉ぐらいでしょう。蔡温にしてみれば、「オレの人生そのものが教訓だ!」ぐらいの自信があったのかも知れませんね(^^)
さらにうがった見方をすれば、後世になってから自分が変に神格化されたりすることのないよう、あえて情けない部分も含めて「人間・蔡温」の姿を書き記したのではないか。そんな気もします。
専門家がやってくれていれば済むことなのに、何で素人の僕が……という多少の不満はありますが、誰に頼まれたわけでもないし、好きでやっていることなので仕方ありません。実際、面白い作業ですしね。
それでは次から、蔡温『自叙伝』の現代語訳です。
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