2005年09月05日

王国を支えたチャイナ・タウン(2)

 薩摩侵入の後、久米村振興策が打ち出されました。首里王府にとっても薩摩にとっても、明との交易の担い手である久米村の衰退は、好ましいものではなかったのです。
 そのために、漂流してきた明人や、琉球の首里士族からも中国語に通じた者が選ばれ、久米村に編入されました。中には京都(堺とも)から那覇に住み着いた日本人の三代目もいたそうです。
 こうして見ると、少なくとも近世の久米村は、三十六姓の子孫のみではなく様々な血が混じりあって形成されていたことがうかがえます。蔡温より20歳ほど年長で、同じ久米村出身の偉人に程順則(てい・じゅんそく)がいますが、彼の父である程泰祚(てい・たいそ)も、元々は久米村人の母を持つ首里士族でした。

 薩摩侵攻前後には廃墟のようだった久米村は、蔡温の時代には1500人以上の人口を数えていました。この間わずか1世紀ほどです。
 久米村士族には、経済的な優遇策や官費留学などの特権も与えられました。進貢貿易に従事するだけでなく、上記の程順則のように傑出した学者・教育家を輩出して、琉球の学問の発展にも寄与しています。

 ただ、中国からの文化を取り入れようとする久米村士族と、日本からの文化を取り入れようとする首里士族は、あまり仲が良くなかったような印象があります。
 蔡温が三司官時代に和文学者の平敷屋朝敏(へしきや・ちょうびん)一派を処刑した事件に関しても、そういう軋轢が根底にあったと言われています。

 最後に、久米村士族の名前について、蔡温を例にとって解説してみます。
 以前にも書きましたが、琉球士族は琉球風の名前の他に唐名を持っています。
 蔡温というのは唐名ですが、久米村士族の場合はこちらが本名になるようです。蔡温の琉球風の名前は具志頭文若(ぐしちゃん・ぶんじゃく)と言います。
 具志頭というのは領地名で、これがそのまま名字になります。つまり、領地が変われば名字も変わるということです。これは首里・那覇士族などでも同じです。
 蔡温が具志頭間切(まぎり=ほぼ現在の市町村単位)の総地頭を拝命するのは、三司官になってからです。それまでに彼は志多伯→神谷→末吉と名字を変えています。最初の志多伯というのは父親の領地名で、自身が新たな領地をもらうまでは父親の名字をそのまま引き継いでいました。

 そして“文若”という名前ですが、これは久米村士族の場合、本来は琉球風の名前ではなく、中国でいう(あざな)であったようです。
 中国史に詳しい方や三国志ファンの方などには説命するまでもないと思いますが、字というのは昔の中国人が親からもらった諱(いみな=名前)とは別に、成長してから自分で付けていた名前です。三国志の諸葛亮は諸葛孔明とも呼ばれますが、この孔明というのが字です。字は自分が一人前であるという証に付けるものなので、それを無視して諱を呼ぶのは失礼とされます。
 
 蔡温の場合、家譜などにも「字文若」と書かれていますし、「蔡文若」と表記された史料もあることから、やはりこれは字なのでしょう。久米村系の家譜には、たぶん全てそのように字が記されていると思います。
 要するに久米村士族の場合、字が琉球名を兼ねていたと理解してよいのだと思います。このことをはっきり書いた本や論文を見たことがないので、自信を持って書くのもちょっと恐いのですが・・・・・・。
 先ほどから何度も名前が登場する程順則の場合、琉球名は名護寵文(なご・ちょうぶん)ですが、寵文というのも同時に字であったでしょう(漫画で読んだ程順則伝では、誕生時に親が“寵文”と名付けていましたが・・・・・・あれ? 自分で付けるんじゃないの?)。

 ちなみに、童名(ワラビナー=幼名)があるのも首里・那覇士族などと同じです。蔡温の童名は蒲戸(かまど)と言いました。親しい者同士では、大人になってもずっと童名で呼び合う習慣だったそうです。

 ・・・・・・さて、とりあえず今回はここまでにしますが、久米村についてはこれからも掘り下げてみるつもりです。
 外交などの専門家集団として設置された村というのは、非常に面白いシステムだと思います。これは琉球王国独特のものなのか、朝鮮やベトナムなど他の朝貢国にも同じようなものがあったのか、そこも興味深いところです。もちろん自分でも調べるつもりですが、知っている方がいらしたら是非教えていただきたいと思います(できれば楽をしたいんです、ええ)。


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