2008年04月14日
杉の木は残らなかった?
沖縄には花粉症が無いといふ
思わず詩人になってしまうぐらい、この時節は沖縄が羨ましくなります。悪天候のせいか、ここ1週間ほどは楽になってきましたが。
花粉症は本当につらいものです。
ご存知のとおり、花粉症の原因となるのは主にスギ花粉です。
沖縄にスギ花粉症がないのは、スギの木が少ないからです。
と、ここでひとつの疑問が。
というのも、琉球王府はスギを育成していたはずだからです。
王府の森林行政を記した『林政八書』を見てみましょう(中須賀常雄・編著『意訳 林政八書』)。
「八書」のうち一書は明治期のものですが、他の七書は蔡温時代のもので、三司官、つまり蔡温の承認も得たうえで作成されたものです。
『林政八書』の一書である『樹木播植方法(じゅもくはしょくほうほう)』(1747年)では、第一項でいきなりスギの植樹方法を説明しています。
そこで説明されているスギの植樹方法は2種類。
ひとつは、採取したスギの枝(挿し穂)を土に植える方法。もうひとつは、スギの実を土に植える方法です。
詳細は省きますが、まるで園芸書のように実用的です。挿し穂のイラストまで入っています。
『樹木播植方法』と同年同月に発布された『杣山法式仕次(そまやまほうしきしつぎ)』第11項には、当時の琉球にスギが存在していなかったことが記されています。
いわく、キリやヒノキなどと並んでスギは「極めて大切な用木であるが、当琉球にはなくすべて他国より輸入している。今後これらを輸入しなくてもよいように速やかに植栽し造林しなければならない」。
上記の二書が書かれた1747(乾隆12)年といえば、蔡温が中頭・国頭の山林事業を調査監督に赴いた年でもあります。
二書はこの調査中に書かれており、『樹木播植方法』には蔡温に同道した源河親雲上と安里親雲上(蔡温の家譜では安里『親方』)の署名がありますから、この調査と上記二書には密接なかかわりがあると見てよいでしょう。
ちなみに、家譜によればこのとき蔡温は「辺戸村」まで到達しているので、ほとんど沖縄本島の最北端まで行っています。有名な「蔡温松」はこの頃に植えられたのかも知れません。
薩摩藩主・島津吉貫の死去の報を受けていったん首里に帰った後、数日のうちに再び国頭に赴いています。
じつにエネルギッシュな蔡温ですが、このときなんと数え年で66歳です。
さて、王府は何のためにスギの育成を奨励したのでしょうか。
同じく『林政八書』の一書である『山奉行所公事帳』(1751年)第11項によれば、首里城正殿の建材にするためであったとのことです。
「前にも指示したように首里城の正殿の改築には杦(『木へん』に『久』でスギと読む)および樫木(イヌマキ)を用材とすれば数十百年も保持されるから、これら良木を広く植栽すること」(括弧内は引用者)
「前にも指示したように」とありますが、その「指示」は『林政八書』には見当たりません。
首里城正殿の建材にイヌマキを使用せよとの記述はありますが、スギを使用せよとの記述は、上記の引用箇所以外に見当たらないのです。
首里城正殿の建材にスギを使用することは、実際にあったのでしょうか。
今のところ、(私には)これ以上のことはわかりません。
最後に、『沖縄大百科事典』で「スギ」の項目を調べてみると、こんな記述がありました。
「沖縄でも古くから植栽され、スギの適地を〈スギ敷〉と称してきた。自生のスギがあるといわれるが明確でない」
現在の状況を見るかぎり、王府の努力も虚しく、スギは沖縄に定着しなかったということでしょうか。
当時はスギ花粉症など想像もできなかったと思いますが、結果的にはスギの植林が成功しなくてよかったのかも知れません。
(記事タイトルは『樅の木は残った』(山本周五郎)のもじりです。読んだことないけど)
思わず詩人になってしまうぐらい、この時節は沖縄が羨ましくなります。悪天候のせいか、ここ1週間ほどは楽になってきましたが。
花粉症は本当につらいものです。
ご存知のとおり、花粉症の原因となるのは主にスギ花粉です。
沖縄にスギ花粉症がないのは、スギの木が少ないからです。
と、ここでひとつの疑問が。
というのも、琉球王府はスギを育成していたはずだからです。
王府の森林行政を記した『林政八書』を見てみましょう(中須賀常雄・編著『意訳 林政八書』)。
「八書」のうち一書は明治期のものですが、他の七書は蔡温時代のもので、三司官、つまり蔡温の承認も得たうえで作成されたものです。
『林政八書』の一書である『樹木播植方法(じゅもくはしょくほうほう)』(1747年)では、第一項でいきなりスギの植樹方法を説明しています。
そこで説明されているスギの植樹方法は2種類。
ひとつは、採取したスギの枝(挿し穂)を土に植える方法。もうひとつは、スギの実を土に植える方法です。
詳細は省きますが、まるで園芸書のように実用的です。挿し穂のイラストまで入っています。
『樹木播植方法』と同年同月に発布された『杣山法式仕次(そまやまほうしきしつぎ)』第11項には、当時の琉球にスギが存在していなかったことが記されています。
いわく、キリやヒノキなどと並んでスギは「極めて大切な用木であるが、当琉球にはなくすべて他国より輸入している。今後これらを輸入しなくてもよいように速やかに植栽し造林しなければならない」。
上記の二書が書かれた1747(乾隆12)年といえば、蔡温が中頭・国頭の山林事業を調査監督に赴いた年でもあります。
二書はこの調査中に書かれており、『樹木播植方法』には蔡温に同道した源河親雲上と安里親雲上(蔡温の家譜では安里『親方』)の署名がありますから、この調査と上記二書には密接なかかわりがあると見てよいでしょう。
ちなみに、家譜によればこのとき蔡温は「辺戸村」まで到達しているので、ほとんど沖縄本島の最北端まで行っています。有名な「蔡温松」はこの頃に植えられたのかも知れません。
薩摩藩主・島津吉貫の死去の報を受けていったん首里に帰った後、数日のうちに再び国頭に赴いています。
じつにエネルギッシュな蔡温ですが、このときなんと数え年で66歳です。
さて、王府は何のためにスギの育成を奨励したのでしょうか。
同じく『林政八書』の一書である『山奉行所公事帳』(1751年)第11項によれば、首里城正殿の建材にするためであったとのことです。
「前にも指示したように首里城の正殿の改築には杦(『木へん』に『久』でスギと読む)および樫木(イヌマキ)を用材とすれば数十百年も保持されるから、これら良木を広く植栽すること」(括弧内は引用者)
「前にも指示したように」とありますが、その「指示」は『林政八書』には見当たりません。
首里城正殿の建材にイヌマキを使用せよとの記述はありますが、スギを使用せよとの記述は、上記の引用箇所以外に見当たらないのです。
首里城正殿の建材にスギを使用することは、実際にあったのでしょうか。
今のところ、(私には)これ以上のことはわかりません。
最後に、『沖縄大百科事典』で「スギ」の項目を調べてみると、こんな記述がありました。
「沖縄でも古くから植栽され、スギの適地を〈スギ敷〉と称してきた。自生のスギがあるといわれるが明確でない」
現在の状況を見るかぎり、王府の努力も虚しく、スギは沖縄に定着しなかったということでしょうか。
当時はスギ花粉症など想像もできなかったと思いますが、結果的にはスギの植林が成功しなくてよかったのかも知れません。
(記事タイトルは『樅の木は残った』(山本周五郎)のもじりです。読んだことないけど)
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この記事へのコメント
ご無沙汰です。
面白い視点の記事ですね。杉という視点で近世琉球の材木の問題を見たことがなかったので、今後意識してみる必要がありそうです。
それと、すでにご存じかもしれませんが、『しまたてぃ』という雑誌で琉球史研究者の皆さんによる「蔡温の国土経営」という連載シリーズがあります。ネットでも読めますので(pdfファイルです)、よろしければ。
http://www.okikosai.or.jp/shimatatei/top.htm
(第1回は36号からです)
面白い視点の記事ですね。杉という視点で近世琉球の材木の問題を見たことがなかったので、今後意識してみる必要がありそうです。
それと、すでにご存じかもしれませんが、『しまたてぃ』という雑誌で琉球史研究者の皆さんによる「蔡温の国土経営」という連載シリーズがあります。ネットでも読めますので(pdfファイルです)、よろしければ。
http://www.okikosai.or.jp/shimatatei/top.htm
(第1回は36号からです)
Posted by とらひこ at 2008年04月15日 23:47
お久しぶりです(^^)
今回の記事は、沖縄に花粉症がないことを知人に話していたときにふと浮かんだ疑問が元になっています。
とらひこさんに「面白い視点」と言っていただけて光栄です。花粉症が初めて役に立ちました(笑)
じつは、ちょうど今日、『しまたてぃ』を印刷するためにプリンタを買ってきたところです(ぶっ壊れていたので)。
やっぱりプロは良い仕事しますね。
執筆陣が豪華すぎて、「反則だろ」と思ってしまいました(笑)
今回の記事は、沖縄に花粉症がないことを知人に話していたときにふと浮かんだ疑問が元になっています。
とらひこさんに「面白い視点」と言っていただけて光栄です。花粉症が初めて役に立ちました(笑)
じつは、ちょうど今日、『しまたてぃ』を印刷するためにプリンタを買ってきたところです(ぶっ壊れていたので)。
やっぱりプロは良い仕事しますね。
執筆陣が豪華すぎて、「反則だろ」と思ってしまいました(笑)
Posted by 茶太郎 at 2008年04月17日 01:17





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